読書

『あの子はもういない』

子供のころからカメラが苦手だった。ファインダー越しに覗かれてる間、果たしてどんな格好で待ってれば良いのか、どういう顔で写ったら良いのかまったく分からない。何かしなければという思いと果たしてそれが自分に似合うだろうか、失敗して恥を掻きたくないという尊大な羞恥心とがせめぎ合い、身じろぎもせず直立不動のまま自分では笑ってるつもりの表情に乏しい顔で写ることを繰り返してきた。

一方で、世の中にはカメラを苦にしない人もいて、そういう人たちはカメラの前でどう振る舞えば自分が栄えるか分かっているかのように愛嬌を振りまき、周囲の注目を集める。分かっていてもできない人間の眼にはまぶしい。

あの子はもういない』にはソンイとチャンイという姉妹が出てくる。妹のチャンイは「どうすれば可愛がられるのか、可愛がられるということがどんなことなのか、よくわかっている」子どもだった。

それがソンイには酷くまぶしかった。

『あの子はもういない』あらすじ

かつて青春ドラマのスターだった両親のもとに姉妹は生まれた。だが、彼女たちが物心つくころには両親は落ちぶれ、過去の栄光に縋り、食い潰しながらドラマの端役をもらっては楽でもない家計をやり繰りしていた。それでもスター気分が抜けない両親は姉妹に構わず、どうにかして再び芸能界のスポットライトを浴びることだけ考えている。

そのチャンスが巡ってきたのはソンイが10歳のときだった。父が人気リアリティ番組の出演枠をもぎ取ってきたのだ。父はソンイを自分のパートナーに指名した。可愛らしいのは妹のほうだが、まだ幼く、自分と意気の合ったパートナーになれるのは姉のほうだと考えたのだった。

それまで両親の愛情を受けてこなかったソンイは、ここで頑張ればと張り切った。張り切りすぎて共演者にケガを負わせてしまう。少し出演しただけでクビを言い渡されたあと、父親はチャンイを新たなパートナーに指名する。そして、チャンイは持ち前の愛くるしさで人気者となり、子どもタレントとして注目を浴びるようになった。

これに父親は上機嫌。だがしかし。しばらくしてチャンイもある出来事がきっかけでスターの座を失い、カムバックに失敗した父親は以前にも増して荒れる。このとき祖父母が姉妹のうち1人だけなら引き取れると申し出る。家庭内で要らない子扱いされていたソンイは祖父母の差し出した手に飛びついた。

それから10年間、ソンイは両親やチャンイと顔を合わせず、別々の人生を歩んできた。3人の存在を忘れ成人したソンイ。そんな彼女の前に女刑事が姿を現す。聞けば母親が亡くなったあと、父親と2人で暮らしてるはずのチャンイが行方不明だという。父親も家にいない。さらにチャンイは同級生が殺された事件の重要参考人になっていた。

いったい何があったのかと懐かしの実家を訪ねたソンイは、そこで家中に仕掛けられた大量のカメラに気づく。何者かにチャンイは生活のすべてを監視されていた。



機能不全家族、儒教の精神、韓国の個人情報ネットワーク

海外の小説を読む楽しみの1つに日本とは違う社会制度や、異なる歴史から生じる考えの違いを覗き見ることが挙げられる。

本作でも韓国では社会保障番号(日本のマイナンバーのようなもの)と親類証明書があれば、本人でなくとも病院の診療記録にアクセスできることや、恩師捜索ネットワークというものがあり、たとえば「小学校3年生のころお世話になった担任の先生と会いたい」と思ったら探してもらえるサービスがあると知った。

一応、相手方に「あなたを探してる人がいます。連絡先を教えても良いですか」と了解を取るらしい。目上の人や恩師を敬いなさい、大事にしなさいと教える社会らしい。

ソンイはチャンイの小学校時代の担任を探し出し、自分が家を出たあと妹に何があったかを尋ねる。そこから荒んだチャンイの少女時代が見える。

『あの子はもういない』はスリラーであると同時に家族の物語でもある。この小説に登場する家族はすべて何らかの問題を抱えている。

ソンイの家は芸能界にカムバックすることしか考えてないスター気取りの両親、本来は親から与えられるべき無償の愛を授けられなかった姉妹が暮らす。しくじった姉を見た妹は、自分はそうなりたくないと不出来な姉を避けるようになり、姉は姉で自分にはない、他人を引きつける天性の資質がある妹に引け目を感じる。

チャンイの同級生にして物語開始時点で仏様になっているユンジェは、父親のヘスンと2人暮らし。ソンイは息子の死の真相を探るヘスンと協力してチャンイを捜すのだが、彼にも影があり、ユンジェとの間にトラブルがあったことをにおわせる。

さらに途中で登場する第3の家族にも壮絶な物語がある。

物語が進むと現れてくるチャンイを中心にした疑似家族も不気味だ。ここには問題しかない。

壊れた家族の時間を遡る過程でソンイは、自分が妹から逃げた事実に向き合い、もっと話し合うべきだったのではないかと見つめ直す。互いに腹を割って話し合おう。今度こそちゃんと家族になろうと悲惨な事件の結末にありながら、物語は未来に一筋の光を見出して終わる。

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