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『誰か―Somebody』感想 宮部みゆきの杉村三郎シリーズ第1弾

誰か 宮部みゆき

宮部みゆきの杉村三郎シリーズ第1弾。1件の自転車事故から、とある家族が隠していたドロドロの人間関係が表出してしまう。

文藝春秋
発売日 : 2007-12-06

普通のサラリーマンである杉村三郎が、妻の父でもある今多コンツェルン会長のめいをうけて、彼の個人運転手だった男の人生を遡り調査する。

目的は自転車に轢かれて亡くなった運転手の娘ふたりに父親の個人史を書かせるためだった。長女・聡美、次女・梨子の姉妹は大人しく心配性な姉に、イケイケで短慮なところがある妹という組み合わせ。

杉村は地方から上京してきて小さな出版社で働く平凡な男だったが、今多会長の愛人の子でもある妻と結婚したことにより、世間で言うところの逆玉に乗る。

その環境を周囲からは羨ましがられ、やっかまれもするが本人に権力欲はなく、今多コンツェルンの中でも目立たない仕事に従事している。

本作はミステリーやサスペンスとしては弱く、それよりもひとつの事件が平凡ながらも幸せそうだった家庭の歪を暴き出し、知ってしまったからには二度と元の鞘には収まれない不可逆的な変化を静かに描いている。

姉の聡美は巻頭に付される西条八十の詩のように、暗い、暗いと言いながら人生の暗黒面に気を払って歩く。そうしていれば不幸から身を守れるとでも言いたげに。そんな姉を梨子は明るい場所に勝手に闇を見いだしてるとイラつきながら見ている。

だけど闇はあったのだ。そこには恐れたとおりお化けが潜んでいた。

だが聡美には、お化けを直視する勇気がなかった。たとえ見つけても、怖いから見て見ぬふりで通し、存在しないものとして振る舞えば幸せになれると自分に言い聞かせた。

それでは幸せになれないと突きつける杉村を聡美は恨む。姉妹の間の秘密を暴かれた聡美と梨子は、反目し合う間柄でありながら期せずして杉村に同じ言葉をぶつける。

「あなたみたいな恵まれてる人には分からない」

誰の人生にだって、その人なりの苦労や葛藤がある。杉村は妻と結婚することで経済的には恵まれた生活を送っている。そのことを周囲から嫁の資産にたかってると思われてることを知っているし、そう見られることに苦い思いを抱えている。

実家の親類は上流階級への気後れから杉村と距離を置き、母親からは「死んだものと思う」とまで言われ、突き放される。

杉村は妻子を愛し、平凡な幸せを望む男だが、愛ではなく打算で金と結婚した男と嫉妬混じりで評価される。

姉妹の杉村に対する「あんな良い暮らししてる人間に悩みなんかないだろ。自分たちの苦労など理解できるはずない」という態度もそこからきてる。

人は他人の悩みや苦労を軽視し、自分こそこの世で最も不幸な人間だという顔をしがちだが、やはり人には人の数だけ悩みがあるのだ。

「だから、人は一人では生きていけない。どうしようもないほどに、自分以外の誰かが必要なのだ」と杉村は語る。

人は、みんな誰かにとっての誰か。その誰かに支えられることがあれば、本来は支え合うはずの誰かが重荷になることもある。

両親を失い、この世でふたりぼっちになった姉妹が、互いに相手を疎ましく思っているように。

悲しみにくれる聡美を元気づけるはずの婚約者がクズ野郎だったように。

お互いを大事に思い、愛し合ってるはずの妻や子供の存在が、同時に杉村の人生に暗い影を落としているように。

望外の幸福が、いつか取り上げられ、人生の帳尻合わせが来ることを杉村は恐れている。

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