読書

『血まみれ鉄拳ハイスクール』

血まみれ鉄拳ハイスクール

ロサンゼルスにある架空の学校「聖善牧師マーティン・ルーサー・キング・ハイスクール」は、別名をカンフー・ハイスクールと呼ばれている。

この学校では暴力の嵐が吹き荒れ、生徒は己の拳を鍛え、力をつけることでしか生き残ることができない。

本作の語り部はジェニーという15歳の少女。彼女は兄のキューゾーをリーダーとする〈ウェーヴズ〉の一員である。〈ウェーヴズ〉はカンフー・ハイスクールにいくつか存在する派閥のひとつと思ってもらえば良い。生徒はいずれかの派閥に所属することで厄介事から守ってもらえる特典がある。

いくつか存在する派閥のひとつと紹介したが、実際のところカンフー・ハイスクールには学校を真っ二つに分ける二大派閥が存在し、生徒は体制派と反体制派に分けられる。

学校で権力を握っているのはリドリー派だ。彼は麻薬の売買で力を蓄えカンフー・ハイスクールの影の支配者となっている。

キューゾー率いる〈ウェーヴズ〉は反リドリー派。ほかにはジェニーの幼なじみメリンダの率いる〈ウルヴズ〉も反リドリー派に数えられる。……というより、この2グループ以外はリドリーの手下だ。

この学校にジェニーとキューゾーの従兄弟ジミーが転校してくるところから本作は幕を開ける。

ブルース・リーとコロンバイン高校がモデル

本作に影響を与えた者が2つある。ブルース・リーの『ドラゴン危機一発』と1999年に起きた「コロンバイン高校銃乱射事件」だ。

『ドラゴン危機一発』は麻薬の売人が支配する土地に余所からやって来る主人公、その主人公は母親に不戦の誓いを立てている、しかし身近な人間が倒され最後は敵をバッタバッタとなぎ倒すといった点がモデルになった。

「コロンバイン高校銃乱射事件」は、この犯罪史上に残る凶行の裏にあったスクールカーストの問題や、学校というある種の治外法権的な閉鎖空間でティーンが抱える生きづらさ、それが生んだ凄惨な結末という点が下敷きにある。
著者は本作を書く前に大学時代のルームメイトで、乱射事件の生き残りでもある友人に「こういう作品を書きたい」と事前に話していたようだ。



中身はどっしりとしたヤングアダルト小説

『血まみれ鉄拳ハイスクール』というタイトルから勝手にアジア文化を斜め上に扱ったアチョーなトンデモ小説と予想し手に取った本作だが、実際に描かれているのはティーンの青春や学校内でどの派閥に属するかが重要なこと、派閥間での政治や裏切りといった現実的な題材

ジェニーはカンフー・ハイスクール入学早々に新人へのヤキ入れで鼻を潰され、消えない傷がいくつもできるという10代の少女にとってはキツい仕打ちを受ける。でも、これが新入生の通過儀礼であり、ジェニーは学内屈指のカンフー・マスターであるキューゾーの妹だからまだマシなほうという。

一家は母親を数年前に亡くし、父親は心身ともに弱って介護が必要な状態。当たり前だが家は貧乏。しかも人種的にマイノリティ。

それでも逞しく生きていたところへ香港からやって来たのがジミー。彼はカンフーの天才で大きな大会を制した有名人。ジェニーはジミーのことが好きだけど「従兄弟だぞ」と思って言い出せない。

『ドラゴン危機一発』でリーが半ばまで拳を振るわなかったように、不戦の誓いを守るジミーも戦わない。転校生へのヤキ入れも無抵抗で受け入れて大ケガしてしまう。

そんなジミーが反撃に転じざるを得なかったのは、キューゾーが派閥内の裏切りに遭って死んでしまったためだ。ジェニーはキューゾー亡き後のウェーヴズをウルヴズに引き取ってもらい合併するのだが、一部の生徒はリドリー派に転び、また反リドリーの2大派閥がひとつにまとまったことで全校から包囲網が敷かれるようになった。

そして、とうとうリドリー派の粛正が始まった日に、ジミーは自分とジェニーを守るため闘う。



溜めて溜めてドバッと出す…のだが

ブルース・リーの香港映画は虐げられた人間が最後に怒りを爆発させ、秘めた力で邪魔する者をなぎ倒すのが基本フォーマットだ。

その流れを『血まみれ鉄拳ハイスクール』も踏襲しており、全体の半分以上が派閥の話と政治的な駆け引き、ジェニーが如何に苦しい立場にあるかという話に費やされ、タイトルから期待する血まみれカンフーアクションが始まるのはクライマックスから。

静と動のギャップなのだが、動的な場面にたどり着くまでの引きが弱く、また肝心のアクションもスピード感や展開に欠けているので溜めてきた爽快感があまり感じられなかった。

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