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有馬記念3年連続3着のナイスネイチャ、3つ目の元号「令和」に出走

ナイスネイチャ_ワイド

競馬の世界には勝ち星が少なくとも特異な活躍で人気を博した馬がいる。1996年に引退したナイスネイチャも、最高峰のレースGⅠでは勝ち星に恵まれなかったが、並のGⅠ馬以上にファンに愛された1頭だ。

1988年(昭和63年)生まれのナイスネイチャが現役を引退したのは20年以上前。その現役時代を知る人も減ってきているが、当のナイスネイチャ自身は平成を駆け抜け新元号「令和」を迎えたいまでも健在だ。4月16日には31歳の誕生日を迎えた。馬の平均寿命は20歳前後と言われるから大変なご長寿である。

31歳とは思えない若々しい馬体。昭和の五冠馬シンザンは35歳で大往生したが、ナイスネイチャにはシンザン超えを果たしてもらいたい。

負けて歴史に名を残したナイスネイチャ

最初に勝ち星が少ないと書いてしまったが、ナイスネイチャの戦績を振り返ると主な勝ち鞍には小倉記念(GIII) 、京都新聞杯(GII) 、鳴尾記念(GII) 、高松宮杯(GII)と4つの重賞が並ぶ。

デビューから引退まで何十戦と走り続けても重賞を勝てる馬はほんの一握り。多くの馬は重賞どころか生涯で1勝もできず未勝利のまま引退することを考えれば、ナイスネイチャの成績は立派なもの。

しかし、ナイスネイチャという馬を語る上で多くの人が思い出すのは、おそらく重賞を勝ったことより有馬記念で3年連続3着に入ったことではないか。勝ったレースより、負けたレースのほうが多く語られる。

同一GⅠで3年連続3着。しかも暮れのグランプリと言われる1年の総決算「有馬記念」で成し遂げた偉業は、競馬ファンの間で20年以上が経った現在でも語り継がれている。

その功績もあって1着から3着までの組み合わせを当てる馬券方式「ワイド」が導入された際には、JRAのキャンペーン馬にナイスネイチャが抜擢された。

あと一歩で勝てない歯がゆさがありつつも、引退まで41戦を走りきった健気な姿に胸を打たれた競馬ファンは多い。GⅠ未勝利ながら生涯獲得賞金6億2358万5600円は馬主孝行な馬でもあった。



トウカイテイオー奇跡のラストランの裏で3年連続3着

ナイスネイチャは1991年から1993年まで有馬記念で3年連続3着に入ったが、そのなかでも1993年の有馬記念は歴史に残るものだった。

このレースは、かつて無敗で皐月賞、日本ダービーの二冠を制したトウカイテイオーが前年の有馬記念以来、実に364日ぶりに復帰するレースとして注目を集めた。当日のトウカイテイオーは単勝4番人気。だが、これは多分に応援馬券による人気であり、実際に1年ぶりの復帰戦でテイオーが勝つことを予想する人は多くなかった。

それでも菊花賞馬ビワハヤヒデをマークしながら、最終コーナーを3番手で抜けたトウカイテイオーは、直線で力強く伸びて勝利。前走から中363日でのGⅠ制覇という現在でも破られない最長記録を打ち立てた。

大本命だったビワハヤヒデと奇跡の復活劇で天才ここにありを示したトウカイテイオーの一騎打ちに目を奪われるが、その影でしっかりナイスネイチャも3着をキープしている。

ナイスネイチャ先輩の3位力さすがです。

本来ならオグリキャップ感動のラストラン(1990年)とともに、有馬記念の伝説として語り継がれていくべきレースなのだが、トウカイテイオーの場合は鞍上の田原成貴がやらかしてしまったため地上波では取り上げづらい、放送しづらい事情が生まれてしまったのが残念。

 

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